知的財産権の代表格

おはようございます。

今日から2月ですね。朝から人間ドック(&脳ドック)の深天舎・平良です。

もう1月終わりかよ!(゚Д゚)

と驚いているヒマもありません。ひたすら前に進むのみですね。

年度末まであと2カ月。大方の企業様ではラストスパートの時期かとお察し申し上げます。m(__)m
深天舎もぼちぼちペースアップです。笑

さて。

マンガ原作とテレビドラマ化の「改編(改変)」問題が大きくフォーカスされています。

マンガ原作者が自殺なされたという状況に至り、問題の重大さを改めて思い知らされます。

元々原作のあるテレビドラマや映画、アニメーションなどは、原作から大きく改編(改変)されることが話題になりやすいです。
そして、大きな改編(改変)が大きな人気を呼んでしまうこともあります。
もちろん、原作を忠実に再現して人気を博した作品もあります。
ときどき、原作に忠実すぎて映像作品としてはダメダメになってしまったものもあります。

昔は大幅な改編=改変も当たり前の世界でした。

日本映画をハリウッドでリメイクした超ド級怪獣映画(ガッズィーラ・20世紀末版)はまずビジュアルから有り得ないほどの改変ぶりで、もはや怪獣ではなく時速300マイルで走れるティラノサウルスにしか見えない生物が織りなすパニック映画と化し、それはつまりジュラ何とかパークとかいうアノ映画と同じだし、場面によってはジュラ何とかパークと見分けがつかないよね、という迷走っぷりでした。
何を考えてあれをガッズィーラと名付けたのか、さっぱり分かりません。苦笑

七つの珠を集めて願いをかなえるのが主目的だったはずのスーパー有名(かつ長命)なマンガなどは、ハリウッド版……よりも隣国で制作されたほうが強烈でした。もう絵面からして強烈です。
あれを実写化するのはやめたほうが良いという見本ではないでしょうか。

しかし、時代は変わりました。

ここ10年ほどは、原作に忠実であることを第1条件に設定しているだろうな、という作品が多く見られるようになりました。

おそらく原作者(著作者)の要望が強いものと推測します。

自分が思いを込めて創造した作品(著作物)を、可能な限りそのまま映像化してほしいと願うのは、種類は違えど創作する人間としては非常に理解できます。

今回の騒動は、原作者とテレビ局の間で作品の改変に関する同意が取れていなかったことが問題になったようです。

著作物を改編(改変)して二次使用するには、著作者の同意が必要です。

昔は映像化=さらなる人気獲得という計算式が成り立っていましたので、改編(改変)に関する取り決めなどはほとんど存在しなかったものと思われます。

しかし現代は、自分の思いと違う作品にされるくらいなら二次使用を拒否する、という考え方も多くなってきました。

その変化の原因には、映像化という二次使用が必ずしも目指すべきゴールではなくなった、ということもあるのでしょう。

テレビドラマにしてやるよ、アニメ化してやるよ、という上から目線のスタンスでは成り立たなくなったわけですね。

面白い原作があるから、それを映像化させてもらおう。
この「させてもらおう」とお願いする姿勢が必要なのでしょう。

それがイヤだったら、かつてのように自前で面白い脚本を書けばいい。
自前の脚本で爆発的なヒットを創り出せばいい。
そういうことです。

著作権者の意に沿わない大幅な改編=改変をする権利が、どこのどなたにあるというのでしょう(反語)。

メディアはよく「編集権」という言葉を使います。

編集権は著作権の後ろにあるもので、著作権に優先するものではない。

編集する材料(=著作物)なくして、どのように編集するのでしょう。

時代は変わって、「テレビ的に売れるもの」の基準も変わってきています。
これまでと違う価値観のなかで、これまで大事にされてこなかったものが見直されている。

著作者の意に沿わない著作物の改編(改変)もまた、改められる時期にきています。

誰もが情報発信者に成り得る時代となりました。

著作権について、誰もがきちんと学んでおくべき時代がきたとも言えます。

著作権について勉強したいときは、ぜひ深天舎までご連絡ください。

法的な見解から実務まで、きっちりとコーチングさせて頂きます。

それでは月初めの今日も頑張って参りましょう。


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