こんにちは!
今週は週明けからキッツイ状態の深天舎・平良です。
怠けていても仕事が上手く行く方法って、
無いものでしょうか?(*´▽`*)ネーヨ、ハタラケ。
今朝の新聞に、旧沖縄三越ビルの再開発を計画中というニュースが掲載されていました。
ある年齢層から上は、きっと懐かしい「沖縄三越」という響き。
わたしは屋上遊園地の記憶が……あれ? 正しい? 山形屋のほうでしたっけ? 両方ありましたっけ? というレベルで。。。申し訳ありません。何しろ育ちが育ちで。
ちなみに「沖縄三越」が閉業されるときに(2014年)、その告知広告のお手伝いをさせて頂いた記憶があります。
沖縄のシンボルであった国際通り、の、シンボルのひとつであった「沖縄三越」が閉業してしまうことの残念さ、また、ひとつの時代が終わることへの無常観が胸にありました。
その「旧沖縄三越ビル」の再開発。
再開発とはつまり、ビルディングを取り壊して跡地を再利用する、ということですね(*´▽`*)ワカッテルヨ。
跡地ですね。
一枚嚙ませてください(*´▽`*)ホンキヨ……。
わたくし、不動産畑を歩いていた時代がございまして、
そのときに学んだのが、
なぜ国際通りが栄えたのか?
ではなく(*´▽`*)ナインカーイ、
なぜ国際通りが衰退していったのか?
という問題でございました。
それは偏に「慢性的な大渋滞」に依るものと結論付けています(100%純粋私見)。
国際通りの幅の狭さ、乗り入れるバス路線の多さ、一時的な路上駐車、接続する道路が細くまた全て丁字路であることなど、慢性的な渋滞になる条件が全て揃っておりました。
わたし自身、国際通り安里付近から県庁前まで、バスで1時間揺られたことがあります(20世紀のお話)。
たった1.6キロメートルに1時間ですよ( ̄▽ ̄)アリエネー。
あー、この辺りは書き始めるとかなり長くなる(原稿用紙100枚は固い)ので省きますが、
本当に酷い酷い渋滞でございました。
そこからの変遷も原稿用紙50枚くらいはかかりそうなので省きますが、
2024年に至り官民関係者の皆さまの大変な努力の甲斐あって、国際通りは新しい時代に入っています。
で、「旧沖縄三越ビル(跡地)」の再開発(*´▽`*)ナゲーヨ。
ここまで懸命な努力がなされてきました。
ビルをそのまま残せないかと。
しかし、もうムリ、でしょうね。
建物そのものが利用に差し支えるほど古い。
これは設計の問題です。
改善できるところは全て改善した上で、天井の高さやフロアの形状、耐震性や耐火性など、当時は最新であった設計そのものの古さは、本当にどうしようもないところまで来ているのだと推察します。
ですから、
壊さない選択肢では、歴史的建物として保全して残すか(商業利用ではなく、博物館的に)。
もしくは、
スクラップ&ビルドか。
で、後者を選択ということですね。
前者でも面白いですが。
前者にはアイディアがありますが。
スクラップ&ビルドでは、外資系ホテルの誘致も、と記事に書いてありますが、確かにホテルは良い選択のひとつでしょう。
このビル(跡地)の再開発は、もしかしなくても国際通りの今後に影響を及ぼすでしょうから、慎重な検討となるでしょう。
どのくらい数がいるかは知りませんが、
当地の地権者の方々にも重要な判断・決断が迫られるかもしれません。
長く沖縄を支えてきた国際通りの、そして時代のシンボルであったビルディング。
時は流れゆきます。
用途は別として、
建て替えるときにも、外観は現在と全く同じにして中身は最新の設計で、というのも面白かもしれません。
いずれにしろ、時が流れゆきます。
今は、今しかありません。
それでは今を大事に、本日も頑張って参りましょう。
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